火炎と水流
―交流編―


#9 店長の企みとひび割れた心


「妙だな。上流で雨が降ったわけでもないのに、こんなに水が……」
火炎は雲一つない空を見上げて言った。水は住宅地にまで流れ込んで道路を冠水させた。その水には大量の砂が混じっていた。それに妖気もだ。
「水流がやらかしたのか?」
それに砂地もこれに深く関わっているにちがいない。火炎は確信していた。堤防はもろい砂で作られていた。少しの雨でも簡単に崩れるように……。そうすれば、何度でも受注が来る。繰り返し工事を引き受け、金を儲けることのできるシステムを佐原建設は作り上げているのだ。
「汚い奴め!」
火炎はつぶやいた。

――手抜きだと? それがどうした? 人間とて普通にやっていることじゃないか

「そうかもしれない。だが……」
街の防災無線が避難を呼び掛けていた。何人かの人々が公民館の方へ駆けて行く。二階の窓から心配そうに様子を見ている人もいた。
「火炎!」
その時、桃香が彼を見つけて駆けて来た。
「大変なの! 水流が……」
「わかってる。桃ちゃんは早く学校の方へお逃げ。なるべく高いところへ行くんだよ」
「水流は男の人を追い掛けて、公園の方へ行っちゃった。公園には淳お兄ちゃん達もいて……。でも、あっちはもうすごい水で……ねえ、お願い! みんなを助けて!」
「大丈夫だ。おれが必ず何とかする。だから、心配しないで、桃香はお行き」
火炎はそっと彼女の背中を押した。
「うん。桃香、待ってるから……」
そうして桃香は水浸しの道路を走って行った。

その頃、低地だった公園は完全に水没し、大きな川のようになっていた。
「助けて!」
女の子がおぼれかけていた。水流のクラスメイトの有沢だ。
「しっかりしろ! 今、おいらが助けてやっからな」
水流が近づいて行く。
「ほら、おいらの手につかまれ!」
思い切り手を伸ばす。有沢は自分も手を伸ばしかけたが、水流の顔を見て、あわててその手を引っ込めた。

「いやよ! 来ないで!」
「何言ってんだよ。流されちまうぞ」
けれど、彼女は怯えた表情で言った。
「来ないで! あんたなんか化け物だもん!」
「化け物……?」
「そうよ! あんたなんか人間じゃない!」
水の中で水流の腕や身体が溶けていた。
「おいらは……」

――化け物のおまえに人間の気持ちなんかわかるわけがねえ!

いやな記憶が甦った。流されて行った村の記憶……。
(まただ。どうしてみんな、おいらのことわかってくれねえんだよ?)
しかし、あの時の洪水は、村人が古くから住んでいた大妖怪、水湖を怒らせたせいだった。神域である湖に人間が穢れの血を流したからだ。しかし、今度はちがう。
(これはみんな、おいらのせいだ。だから、絶対に助けなきゃ……)
「おいらはもう、だれも死なせたくねえんだ!」
そうして、水流は強引に彼女の手首をつかむと、浮いていた流木につかまらせようとした。しかし、それはなかなかうまく行かなかった。水流はもう限界に来ていた。力を入れようとする先から手も足も水に溶けて行ってしまう。食いしばったはずの歯までが本性である水となって散った。
「ちくしょう! このままじゃ……」
意識を失った有沢はもう抵抗しなくなっていた。
「おい、しっかりしろ!」
その時、だれかが女の子の体を後ろから押し上げた。淳だ。おかげで大きな桜の幹に半身を乗せてやることができた。
「あんがと。助かったぜ」
水流が礼を言う。しかし、淳は水流を見つめたきり何も言わない。無理もなかった。だれだって関わりたくないのだろう。

――化け物

そう思われても仕方がなかった。水流は少しずつそこから離れようとした。
「おまえ、大丈夫なのか?」
ふいに淳が訊いた。
「へ?」
水流がきょとんとした顔でそちらを見る。淳の表情は強張っていた。が、彼は続けて言った。
「体、半分溶けちゃってるように見えるんだけど……」
「あ、これね。平気さ。何しろおいらは水の妖怪……」
そう言って、水流ははっとした。
(いっけね。ちょっとびびらせちまったかな?)

淳は少し考え込むような顔をした。が、やがて顔を上げて言った。
「じゃあ、おまえは河童なのか?」
「ちげーよ! おいらは清流をつかさどる精霊みたいなもんなの!」
「精霊なんて外国じゃん。日本にいるのは河童だろ?」
「ちげーったら! 見ろよ、頭に皿なんかねえだろ?」
淳はうなずいて見せたが、まだあきらめきれないようだった。
「どっかに隠してんじゃないのか? おまえの頭、皿が似合いそうだもん」
「うーん。まいったな」
水流はうなった。
「もしもおいらが本物の河童だったらどうする? 怖くねえのか?」
恐る恐る水流がきいた。しかし、淳はあっさりと言った。
「淳……」
少年の顔を見つめる水流の前に、一ひらの花影が落ちた。
「ああ……何か、おいら胸がじんとして来たぜ。っつーか、ほんとに水があったかくなって来たような……」

しかし、それは気のせいではなかった。実際に水が温まっていたのだ。風に乗り、火の粉がぱらぱらと落ちて来た。
「何だ? これってまさか火炎の……」
「水流!」
泉野達が呼んでいた。彼らは皆、弦草のようなロープにつかまっている。
「早くこれにつかまるのじゃ!」
それは花芽が編んだ弦だった。
「よし! おいら達も行こう!」
「でも、有沢さんは?」
その時、花芽が弦の先端を伸ばし、彼女の体を絡めた。淳と水流もその植物につかまった。すると、花芽はするすると触手を引き、子ども達を安全な場所まで誘導した。

火炎は砂地を追い詰めていた。裏山に立った二人が睨み合う。
「今日こそ決着をつけてやる!」
炎となった火炎が男に迫る。風が震え、溢れ出た水がゴーッと唸りを上げて道路へ流れ込んで行く。僅かに残った地表を炎が取り囲んだ。が、砂地はにやりとして言った。
「私を倒したところでこの水の勢いは止まらない。水の坊やのおかげで堤防が派手に壊れたからな。もともと砂を積んだだけの堤だ。一度穴が空けばあっけないものさ。そこからどんどん広がり、水はこの街を飲み込む」
「それで、壊れた堤防を直すために再び工事を請け負うつもりだな?」
「そうさ。こりない連中だからな。人間って奴は……。実においしい仕事だよ」
砂地は楽しそうだった。

「貴様!」
「怒ることないだろ? これはみんな人間から教わったんだ。おまえの大好きだった桃子さんの会社だってそんな仕事をやっていたんだぜ」
「黙れ!」
火炎は炎を吹き出した。その炎に包まれながらも砂地は笑う。
「ははは。むだだよ。こんなことをしてもね」
そう言うと砂嵐を起こすと、体に纏わり付いていた炎を払った。火炎がもう一度炎を飛ばす。
「やめておけと言っているだろうが……。火炎、おまえにはこの水を止めることはできない。どのみち、この街はおしまいだ」
「くっ! そうはさせるか!」
火炎は勢いよく伸ばした炎を回転させると旋風を巻き起こした。その勢いで水を押し戻そうというのだ。しかし、水は炎と接触し、爆発を起こして四散した。
堤防はさらに崩れ、火炎の足元にまで流れて来た。
「逆効果だったか」
いつの間にか姿を消していた砂地が風の中で高笑いしている。

「きゃあ! 熱いよ!」
「熱い! 助けて!」
降り注ぐ火の粉と熱せられた水が、子ども達の方へも流れて来た。あおられた炎で弦が燃え、炭の花がぽたぽたと落ちる。
「火炎のばかめ! 何やってやがんだ!」
水流が怒鳴る。
しかも、その爆発に紛れて、砂地が街の方へ走って行くのが見えた。
(くそっ! もとはといえばみんなあいつのせいなんだ。砂地の野郎! 今度こそやっつけてやるぞ!)
水流は気力を振りしぼってざばっと水の上に飛び出した。そして、浮いていた桜の幹の上に立った。

「おっとっとっ……危ねえ!」
水流は揺れる木の上で何とかバランスを保ちながら、一気に道路まで飛ぶと砂地を追った。それを見た子ども達は呆然とした。
「あいつ、裸だったけど……」
「しかも片腕が溶けてたぞ」
「やっぱり人間じゃないんだ……」
みんなは青ざめていた。そんな中、淳は水流が抜け出た水のあとに浮いているビニール袋を見つけた。中には服が入っている。
「これってあいつの……」
淳はそれをつかむと水流が消えた方を見つめた。

一方、コンビニにはまだ佐々木をはじめとする交渉役の子ども達が残っていた。店の外で見張り役をしていた田中たちが出て行った店長を追って行った後、佐々木たちもすぐに追おうとしたのだが、パートの店員がそれを止めた。
「なあ、君達、さっきの話なんだけどさ」
店員は声をひそめて続けた。
「実はおれ知ってるんだよね。泉野のポケットに店の品物を入れたのが誰なのか」
「ほんとですか?」
山本が身を乗り出してきいた。
「ああ。ここだけの話なんだけどね」
「それはぜひくわしく教えてください」

子ども達が話を聞いている時だった。突然、外が騒がしくなった。
「水だ! 逃げろ! 水が……!」
「水?」
はじめは意味がわからなかった。雨も降っていないし、川は公園の向こうだ。が、店内にいた客やパートのおばさんがあわてて外へ飛び出して行く。
「どうしたんだろう?」
子ども達は顔を見合わせた。
「ちょっと様子を見て来る」
彼らと話しをしていたバイトが外に行く。
と、間もなく叫び声が聞こえた。
「逃げろ! 洪水だ! 君達も早く!」
そう言うと彼はそのまま駆け出して行った。
「行こう!」
三人も急いでドアに向かおうと走った。が、石田が引き攣った声を上げた。
「痛いっ!」
さっき店長に突き飛ばされて棚にぶつかった時、足を捻ったらしかった。

「大丈夫?」
二人が心配そうに両脇からのぞく。
「うん。大丈夫。……ウウッ!」
無理に歩こうとして顔をゆがめる彼女に二人が手を差し伸べた。
「わたし達の肩につかまりなよ」
「ありがと……。ごめんね。こんな時に……」
「いいんだよ。気にしないで」
「それよりあいつ、さっきの話、みんなの前でもちゃんとしてくれるかなあ」
「そうだね。大人って奴はみんなずるいから……」
「あーあ。ボイスレコーダーがあればね」
そのボイスレコーダーは烏が持って行った。それを追って行った店長はいったいどこまで行ったのか。計画はちゃんとうまく行くのだろうか。彼女達がそんな不安を感じた時だった。本当に濁流が押し寄せて来た。
「やばい! ほんとに水が……」
「早く逃げなきゃ……」

その時、電気が消えた。そして、自動扉が開かなくなった。
「どうしよう?」
そのドアのすきまからはどんどん水が流れ込んで来る。
「裏から行こう」
彼女達は店の裏側の通路に向かった。が、半分開いていた裏口からは猛烈な勢いで水が流れ込んで、あっと言う間に子ども達の膝の上まで上がって来た。
「どうしよう? これじゃ逃げられない」
「わたしのせいだ。みんな、わたしを置いて逃げて!」
石田が泣きそうな顔で言った。
「何言ってんのよ! そんなことできるわけないじゃん」
「そうだよ。きっと何とかするから……」
「見て! 奥に階段がある。上へ行こう」
彼女達は石田を支えながら階段を上った。

外では人々が先を争って避難をしていた。車で逃げようとした人々は渋滞に巻き込まれ、水につかって動けなくなった。そして結局は車を捨てて歩いて逃げるしかなくなった。そんな中、何も知らずに帰って来て、この渋滞に巻き込まれた人達もいた。
「どうしたんでしょう?」
「川が氾濫?」
その車に乗っていたのは淳の両親だった。
「淳は大丈夫かしら?」
「多分、高台にでも避難しているだろう」
二人の車はまだ動いていた。街の中心部の川よりもまだ距離があったからだ。
「でも、心配だわ」
「もし家にいなければ、学校に連絡を取ってみよう」
そんな話をしていた時だった。
「真菜……」
母親が突然大声を上げた。
「何だって?」
父親もそちらを見た。小さい女の子が一人、水につかってしまいそうな犬を助けようとしていた。その顔が真菜に瓜二つなのだ。
「あなた、車を止めてください」
彼女はすぐにそこへかけつけると子どもの名を呼んだ。
「真菜!」

しかし、その子は名前に反応しなかった。からまってしまったリードを外そうと必死なのだ。母親はそれを手伝った。
「この犬はあなたの?」
「ううん。ちがうよ。でも、このままじゃおぼれちゃうもん」
「そうね。おばさんも手伝うわ」
「ありがと」
チェーンが取れた。犬はうれしそうに二人の顔をなめ回した。そして、すぐに水の中を器用に泳いで行ってしまった。
「バイバイ、ワンちゃん。速く飼い主さんのところに行くんだよ」
そう言って笑う少女の横顔をじっと見て母親はきいた。
「あなたの名前は?」
「桃香」
「そう。桃香ちゃんっていうの。いいお名前ね。おうちはどこ?」
「この先のアパート。でも、火炎が早く学校へ行きなさいって言うから……。速く水の来ない高いところへ行かなくちゃ……」
「なら、おじさんの家へ来ればいい」
いつの間にか車から降りて来た父親も言った。
「おじさんの? でも……」
「すぐそこのマンションだから……。水が引いたらおうちまで送ってあげよう。学校まで行くのは大変だ」
「火炎が怒らない?」
「ああ。おじさんからよく言ってあげるから……」
「わかった。それなら、桃香、おじさんのおうちへ行く」
そうして、桃香は淳の両親の家へ向かった。

水は縦横無尽に走る道路のほとんどを冠水させていた。公園から近いところでは、大人の腰の高さにまでなっていた。消防隊や街の職員達がボートで救助を始めていた。店長を追って来た子ども達3人はこのボートによって救助された。
「この先にはまだ コンビニの店長がいるんです」
「それに大事な証拠の品も……」
「早くボイスレコーダーを取り返さないと……」
子ども達は訴えた。が、役所の人達は取り合わなかった。他にも救助を必要としている人が大勢いて、それどころではなかったのだ。
「救助なら私達大人に任せて」
「君達は速く安全なところへ……取り合えず学校へ行こう」
遠ざかる店長のうしろ姿。それを悔しそうに見つめる子ども達。しかし、救いは、まだ、証拠のボイスレコーダーが店長の手に落ちてはいないということだった。
「烏さん、逃げて」
「でも、そのままボイスレコーダーが見つからなかったら……?」
「大丈夫だよ。いざとなればおれ、ちゃんと証言するからさ」
田中が言った。
「コンビニの中には佐々木さん達もいたんだ。それに客や店員もいた。だから……」
彼はコンビニの入り口付近で雑誌を読むふりをしていた。
「きっとうまく行く」
みんなもそう信じたかった。

その店長は烏を見失った上に水害に見舞われて困惑していた。
「クソッ! このままじゃ、店の品物が水につかって台無しになっちまう。とんだ大損だ」
彼はコンビニに戻ろうとしていた。その店長に背後から声を掛ける者がいた。
「待てよ。あんたの欲しい物はこれだろ?」
「何?」
振り向くと、そこには烏場が立っていた。手には石田のボイスレコーダーを持っている。
「ああ、それだ。それは私の物だ。返してもらおう」
店長が差し出した手を払って烏場はそれをポケットに入れた。
「これは私の教え子の物だ。あなたの物じゃない」
「いいや、私の物だ。その子どもが盗んだんだ。まったく、最近の子どもは人の物も他人の物も区別がつかないのだから困る。これもあなたの教え子だというなら、4人目ということになりますな。クラスから4人もの盗人が出るとは……。担任であるあなたの指導にも問題があるようですね。これはやはり、しかるべき手段を取らせてもらわんとね。教育委員会や警察には知り合いもいる。ただではすみませんよ」
店長は見下すような目で烏場を見ると唇の端をなめた。
「そうですか。でも、明日になれば、新聞にあなたの記事が出ますよ」
烏場が言った。
「な、何だと? 脅すつもりか?」
「脅してなどいませんよ。私はただ事実を申し上げているだけです」
「ただの教師のくせに大した口を利くじゃないか」
「ええ。私は一介の教師に過ぎません。が、自分の生徒を守るのは当然です。ましてや、あなたのような人間に大事な子ども達の未来をつぶされたくはないですからね」
烏場は男から目を放さずに言った。
「ほら、相棒のご到着だ」

それは砂地だった。あとから水流も付いて来る。が、少年の体は半ば透け、人の形を保つのがやっとだった。それでも水流は息がっていた。
「砂地! てめえ、今度こそコテンパンにやっつけてやるぞ!」
が、少年はついに水の中に膝をついた。そして、ついたところから溶けて行く。

「ははは。威勢がよかったのは最初だけか?」
砂地があざけって、水流の体を砂の触手で突いた。突かれたところも水に散った。
「水流!」
烏場が少年を助け起こす。
「ほう。美しい師弟愛だと言いたいところだがね、あまり余計なことはしない方がいいんじゃないかな? 立場が悪くなりますよ、烏場先生」
砂地がにやつく。
頭上にはマスコミのヘリコプターが何台も飛んでいた。それを見上げて意味ありそうに笑う砂地。
「妖怪が先生をしていると知ったら、世間は黙っていないでしょうね」
「何? 妖怪だって?」
少し離れたところから様子を見ていた店長が眉をぴくぴくさせて言った。
「そうなんですよ。この男の正体はね、人間になりすました妖怪なんだ」
砂地が言った。
「す、砂地、てめえだって同じ穴のむじなじゃねえか!」
水流が反論しようと首をもたげるが、力が足りず、また水に沈んだ。
「そ、その小僧も妖怪なのか?」
店長が頬をひきつらせて言う。
「そうさ。こいつらはね、人をたぶらかす悪い妖怪なんですよ」
砂地の言葉を聞いて、店長は凶悪な笑みを浮かべた。
「そうだったのか。道理でおかしいと思いましたよ。ならば、退治しないとね。人間に悪さをする妖怪なら、殺したところで何ら問題ないでしょう」
店長は流れて来た大きな瀬戸物の鉢植えを拾うと水流に投げつけた。

「やめろ!」
それをかばって烏場が背中で受ける。鉢植えは砕け、水の中に散った。彼が抵抗しないのをいいことに、壊れた鉄柵の棒を拾った店長が殴り掛かる。が、何度叩かれても烏場は反撃しなかった。
「先生……!」
泣きそうな声で水流が言った。
「ほら、どうした? 本性を現したらどうだ? 妖怪め!」
耐え続ける烏場の額が切れた。そこから血が流れる。
「赤い血……。おい、まさかこいつは人間なんじゃないだろうな?」
店長が僅かに動揺し、砂地を見た。
「心配することはない。こいつは確かに妖怪だ。それに、今更、人間をやったところでどうということはないでしょう? すでに一人殺しているのだから……」
「ああ、村田のちびか。黙っていれば見逃してやろうと言ったのに、なまじ抵抗したりするから命を落とすようになるんですよ。もっともあれは事故ですけどね」
「村田だって? それは真菜ちゃんのことなのか?」
水流が顔を上げて言った。

「いやだな。事故ですよ。いきなり重機の前に飛び出したりするもんだから避け切れないじゃないですか。もっともへたに逃げたりしなければ、あまり痛い思いをしなくて済んだでしょうに……」
「そういえばあの子ども、実際にはそこにいない兄を呼んで助けを求めていたな。まったく人間ってのはよくわからない生き物だ」
砂地も言った。
――助けて! お兄ちゃん
風に吸われたその声が、烏場の胸に届く。
そうやって、真菜ちゃんのことを執拗に追い回したんだな?」
胸のポケットで振動するボイスレコーダー。烏場は抑揚のない声で言った。
葉ずれの音が過去を運ぶ。
――こわいっ! 助けて!
救われなかった命……。
「それがどうした!」
砂地が言った。

「あの子が悪いんですよ。大人の話を盗み聞きして、告げ口しようなんてするから……」
――桜を切るなんてひどいよ! お願い! 公園を、花を殺さないで?
水の中に少女の悲しみが伝わる。
「ちっきしょ! てめえら……!」
怒りのあまり、水面が震えた。それからぬらりと輪郭が揺れて、怒りの形相に燃える水流が立ち上がった。その時、
「おまえが……」
うしろの方から声がした。振り向くと、そこに少年が立っていた。
「淳……」
水流が何か言おうとした。が、淳がそれをさえぎった。
「やっぱりそうか。おまえが真菜を殺したんだな!」